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2020年6月19日 (金)

J.P.R.ウィリアムス——「赤い悪魔」と呼ばれた伝説のラグビーチームのフルバッグ

 私がラグビーを始めたのは、1977年。福岡県立筑紫丘高校の1年生のとき。

 この時代の日本のラグビーは、大学ラグビーに人気があり、早稲田と明治、慶応が大人気だった。関西では同志社。みんな輝いていた。

 その時代、世界では、「赤い悪魔」と呼ばれる最強チームがあった。ウェールズ代表がとにかく強かった。当時、英国と仏国で、5カ国対抗ラグビーを毎年やっていたのだが、1971年、1976年、1978年にグランドスラムと呼ばれる全勝優勝を果たしている。その中でも、憧れの選手は、JPRウィリアムスだった。長くて目立つもみ上げ、足首まで下ろしたストッキング。目立っていた。フルバックだから、相手がキックした高いボールが飛んでくるのだが、それを果敢にキャッチしてカウンターアタック。バックスの攻撃ラインの後ろからライン参加するプレーの鋭さ。そして、頭から突っ込んで相手を仰向けにひっくり返す強烈タックル。何もかもが輝いていた。

 私が彼を好きだったのは、彼が世界的なラグビー選手であると共に、外科医だったから。かつてのラグビー選手は厳格な「アマチュア」であり、現在のようなプロ選手はいなかった。世界中どこにも。そして、英国のプレーヤーには、社会的に「エリート」と呼ばれる選手が多かった。ラグビーは「趣味」なのに、彼らは想像できないようなプレーと身体能力を見せてくれた。それは多分に、パブリックスクールで誕生したラグビーというスポーツの特性を反映しているのだと思うが、それを知るのは、大学院に進学してからだった。

 ラグビー日本代表の福岡堅樹選手が、来年開催されるかもしれないオリンピック東京大会の日本代表を辞退した。「なぜ、いま!」と思う人は多いと思うけど、彼は医師を目指すという。私と同じ福岡県出身で、私の高校のライバルだった福岡高校の出身。福岡高校ラグビー部OBの叔父や父の後輩にあたる。福岡高校は、全国大会に出場したときの決勝戦の相手。勉強でもライバル。親しみのこもった格別の想いがある。

 ついに、日本のラグビー界のトップ選手から、医師が誕生するかもしれない。しかも、福岡高校卒業生。「頑張れよ!」と声をかけに行きたい気分になっている。オヤジが生きていたら言うだろうな。「おう、やってかませれ!」「博多んもんの心意気たい!」(笑)

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